500円の心意気
 去る5月18日の朝日新聞・朝刊。
 何の気なしにパラパラとめくっていたアチシの手は、ある面でピタリと止まった。

〈名画鑑賞ワンコインで〉
 こんな見出しで、岐阜市・柳ヶ瀬(やながせ)商店街の映画館「ロイヤル劇場」のことが紹介されていた。
 何でも“昭和名作シネマ上映会”と銘打ち、週替わりで古い映画を、何と一本500円で掛けているというのだ。
 うひゃあ。凄い凄い。
 名画座の類は東京や京都の方にはチョイチョイ在るのだろうが、中間地点・愛知県に住んでいる身としては、わざわざ足を運ぶのは骨が折れる(交通費もかかるし)。──が、これは岐阜である。
 ちょっと計算してみる。アチシの住まいから地下鉄で名古屋駅まで行き、その付近で1800円の映画を観るより……名古屋からさらに名鉄で岐阜へ行き、そこで500円の映画を観る方が、安くつくじゃーござんせんか。
 考えたらもう矢も盾もたまらず、家を飛び出していた。

 その時やっていたのは、“高倉健特集”の一環で『駅 STATION』(1981年・降旗康男監督)。最も脂が乗っていた頃の倉本聰脚本でござんす。
 居酒屋での健サンと倍賞千恵子のしっとりとした絡みは、いつまでも見ていたいような心地良さ。武骨漢の健サンも、いくらか柔らかくなっておりました。
 それにしても、大画面の迫力、臨場感! しっかりと堪能させて戴いた。

 ロビーへ出ると、足を運ばれたお客さん方の回答したアンケート用紙が掲示されている。予想通りといおうか、年齢層は殆んど60代、70代のお爺さんお婆さん。──中には30代の映画マニアと思しき人からのディープなリクエストもあったが──皆さん「昔に戻ったよう」「懐かしい気持ちになった」等といったコメントを残しておられた。

 ふと思う。こういう名作上映会なんかの意義について。
 リアルタイムで味わった感動をもう一度──そんなニーズに応えるサービス・事業はこの先多くなることだろう。さりながら、懐かしむような昔を持ち合わせておらぬアチシのような若輩の身としては、むしろ文化の保存・伝承という点に重きをおきたい。
 古臭いと一蹴するなかれ、その時代その時代の風俗や、積み重ねて来た映像技術(これが無かったら今日(こんにち)の映画だって存在しないのだ)を決してないがしろにして欲しくはないのです。
 DVDや衛星放送もあることはあるのですが、やっぱり本来そう観るべく作られているスクリーンでの上映を、安価で行う場所というのは、在るべきだと思うのですネ。
 前述・朝日新聞の記事には支配人・大野信浩氏の言葉としてこう書いてある。
 一本500円で採算は合わないが、〈中途半端はやめて、毎日、毎週やろうと話し合った。〉と。
 うーん、この心意気、凄いとしかいいようがない。本来こーいうのは公共の施設が率先してやるべきじゃござんせんか。
 すっかり感激してしまったアチシは、その後もちょくちょくロイヤル劇場に足を運ばせて貰っている。

 最後に愚痴をひとつ。現在の通常の映画入場料金(1800円)は高いヨ、やっぱり。レディースデーとか割引きのあるときはいいけど。思い切って下げてみる“心意気”は出せないものか……。


(約8年後の追記)
 こうして見るとアチシも「文化」「伝承」だの「〜べき」だのと、厭ったらしい言葉を使っている。自分で書いておきながらこっ恥ずかしくなってくるが、細かいテニヲハ以外は手を加えずにおく。
 しかし、およそ「文化」がどうとか語る言説にロクなものはないと(改稿段階、現在の)アチシは信じている。こと映画や文学なんてものは、もっとフラットな姿勢で享受すりゃいいんじゃないか。

2018/10/20
*2010/08/27 旧〈牝犬亭雑記〉掲載分に加筆、修正

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