闘病〜逝去・やっぱり好きだった松方弘樹
 脳腫瘍の疑いで入院。検査の結果、脳リンパ腫と判明し、今後は治療・療養に専念することに──。
 松方弘樹が突如、意外な病に倒れたニュースを受け「松方ダンナへのエール」というブログ記事を書いたのが2016年3月9日のことだった。
 後遺症などが残り、あのチャンバラはもう見られなくなるかもしれないけれど、恢復して欲しいと望み続けていた。しかし、ついに叶わなかった。
 2017年1月21日、永眠。享年74歳。
 訃報にふれ、23日「巨星墜つ 追悼・松方弘樹」の記事を投稿した。

 亡くなった当の21日といえば、ちょうど松方弘樹が唯一『水戸黄門』にゲスト出演した第41部#11、12を観ていたところだった。偶然といえばあまりの偶然──かもしれないが、アチシにとって松方のダンナはそれくらい日常的に(画面を通して)接している存在なのだ、ともいえた。
 年間に観た映画を列記してみて、誰の主演作がいちばん多かったかなどとランクづけしたら、松方ダンナが断トツだったなんてこともある。
 ヤクザ臭いの安っぽいのとあれこれ言いながら、結局のところ大好きな役者さんだったのだ。


 自分の中では、これで最後の“スター”が亡くなってしまったという感がある。
 映画産業が娯楽のなかでも大きな比重を占めていた頃は“スター”という言葉が生きていた。
 今や“スター”の語はたとえ使われたにしてもどこか白々しくピンとこないものになってしまっているが、松方弘樹らの世代はこの単語がかろうじて適用できる最後の世代ではないだろうか。

 世代の近い時代劇俳優としては、松方ダンナに里見浩太朗、北大路欣也が三大巨塔といったところか。
 北大路欣也はリメイク作が多くて自身の当たり役に恵まれておらず、ついに大当たりを取ったのがCMの白い犬だったりして、なんだかなぁ、な印象。近年では『華麗なる一族』や『官僚たちの夏』『運命の人』といった現代劇でのフィクサー的役どころのほうがむしろハマッているようにも思える。
 里見浩太朗は、十年にもわたりニセ黄門(にしか見えなかった)をやり続けて晩節を汚し、もはや見苦しい。
 そこへいくと松方弘樹の、まだ(Vシネなどでだが)主役を張りつつ渋い脇役へもシフトしての活躍ぶりは、往年の嵐寛寿郎や片岡千恵蔵、萬屋錦之介などに通ずるところがあって、ますます“最後のスター”の風格がある。

 ヤクザ映画の印象が強すぎるうえ、目をムイた相当わざとらしいオーバーアクトなんぞは苦笑のタネだが、それもまたご愛嬌。松方ダンナの楽しみ方の一端である。
 チャンバラ名人だった近衛十四郎のジュニアとあって、スピード感ある太刀捌きを売りにしていたが、割と刃筋はブレブレ、見た目に誤魔化しているところも大きかった。──というのは若い頃の話。驚くべきことに齢を重ねるごとにケレン味が消え、迫力の増した殺陣を見せるようになった。まさに円熟の味。とりわけ素晴らしいと思ったのは、宿敵役を演じた『密命 寒月霞斬り』におけるVS榎木孝明戦だった。
 ほかにも『十三人の刺客』リメイク版や最新主演作『柳生十兵衛世直し旅』の立ち回りも充実していた。復帰してスーパーじじいぶりを見せてくれることを切に願っていたが、病には勝てず巨星は墜ちてしまった。


 訃報のほとんど直後といっていい時期に刊行された伊藤彰彦『無冠の男 松方弘樹伝』(講談社)は、松方ダンナのファンにとって喝采ものの聞き書き評伝だった。何が素晴らしいって、時代劇にも実録やくざ映画にも、そしてVシネにも“遅れてきた”スターとしての、それでも真摯に向き合っていく姿勢が活写されていること。
 傍目にはバブリーでスキャンダラスな男と見えても、馬車馬の如くセッセと働かなければならなかった松方ダンナの「Vシネ時代」にとりわけ重点を置いているのも大事なところ。先細っていく製作状況の実態なども知れて、読み応え充分。
 これが生きているスターの本とならず、死者への手向けの如きかたちで出版されることになってしまったのは、本当に悲しい限りだ。映画の現状を憂いつつ、自身はまだまだやる気いっぱいだった松方ダンナ。その新作を観ることは、もうできない。

 安らかに眠られんことを──繰り返し、何度でも、合掌。

2018/10/20
ブログ「時代劇党宣言」 2016/03/09及び2017/01/23の記事をまとめ、加筆・修正

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